【日本人が知らないニッポン】小田原の梅が彩る古の武術「流鏑馬」


JR御殿場線下曽我駅の近くに、曽我梅林という場所が存在します。

毎年2月から3月にかけ、ここでは『小田原梅まつり』が開催されます。ちょうどこの時期が、小田原での梅の見頃です。

咲き誇る梅の花を背に、地響きのような蹄の音が聞こえてきました。大きな弓を持った騎馬武者が、こちらに向かってきます。

このイベントの恒例行事、武田流馬上弓術です。

・和弓は世界随一

流鏑馬と呼ばれているこの武術は、世界で最も長大な弓を使用します。

和弓は極めて特異な形状です。握りを中心にした上下が非対称で、一見とてもバランスが悪そうです。ですが弓道の達人に言わせれば、「これが最もバランスの取れた上下比率」とのこと。また、下が短いため馬上弓としても利用することができます。

そういえば、モンゴルや中央アジアの騎馬弓兵が持っている弓はいずれも短弓です。

14世紀から15世紀にかけてのヨーロッパで繰り広げられた百年戦争では、イングランド軍がロングボウという2m級の長弓を活用しました。ロングボウの運用方法は、何十人という数で横一列に並んでひたすら連射するというもの。ですが馬上での使用は想定されていません。だから上下比率はまったく同じです。

つまり「馬に乗った状態での運用」と「弓の長大化」は、本来矛盾する要素なのです。それを両立させた和弓は、世界戦争史上他に例のない兵器でもあります。

・武道は神事

流鏑馬は、弓術競技のみを指すものではありません。

日本の武道は、神事としての要素を含んでいます。我々の国の文化行事は、すべて宗教的儀式と一体であることを忘れてはいけません。日本人は「無神論者」を自称する人が多いですが、それでも各地で行われる伝統行事を廃止しようという声は皆無です。ということは、日本人も何かしらの宗教を信じているということになります。

たとえば、アメリカを含めた西洋社会では「白か黒か」「敵対するふたつの陣営のどちらが絶対正義か」という水と油の対決ばかり続いてきました。キリスト教とイスラム教、カトリックとプロテスタント、イギリスとフランス、西側と東側。どれも「相手を根絶やしにするまで戦う」という発想の対決です。

だから欧米の「無神論者」は容赦がありません。アメリカの生物学者リチャード・ドーキンス博士のように、少しでも宗教色が見える行事や催事は迷わず非難の対象にします。これは結局、「異教徒を根絶やしにしなければならない」という昔ながらの宗教的発想から1mmもはみ出していないという証拠なのですが。

日本の場合、そうした発想とは無縁だからこそ古来からの行事が脈々と受け継がれてきました。弓を使った戦争はもう起きませんが、だからといって弓術を捨てることはありません。むしろ「古の伝統行事にこそ精神性がある」と、日本人の大多数が認めています。

・来月も小田原で流鏑馬

武道が神事である以上、「いくつ的を射抜いた」ということはあまり大きな意味を持ちません。

点数を超越した精神性、それこそが武道の目的です。だからこそ「流鏑馬」と呼ばれるものの中には礼法も含まれています。競争相手に対して非難ではなく、敬意で接するための戒律です。そこに「相手を根絶やしにする」という考えが入り込む余地は、寸分もありません。

もし流鏑馬から礼法を排除すれば、それはもはや神事ではなくなります。そして神事でなくなった流鏑馬は、ただの射的に成り下がってしまうでしょう。

「日本の財産」とも表現すべき流鏑馬ですが、3月5日(日)に小田原城址公園で『小田原城馬上弓くらべ大会』が催されます。これは全国の射手が集まる「流鏑馬オリンピック」のようなイベントで、和種馬の保存継承を一般にPRするという性質も有しています。

武士の魂は、風習とともに今も我々の国に根付いています。大迫力の流鏑馬を、ぜひ一度目の当たりにしてはいかがでしょうか。

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