10年がかりの再建!破壊から美しく甦ったドイツ・ドレスデンのフラウエンキルヒェ(聖母教会)

ドイツ東部の町ドレスデン。

エルベ川流域にあるこの美しい古都には、訪れる者を魅了する美しい建築物が数多く存在します。

強王とも言われていたアウグスト1世の時代に建てられたバロック建築の数々は、旧市街全体に重厚な雰囲気を漂わせています。

そのためドレスデンには、ドイツ国内の他の旧市街とは異なる趣があるのです。

そんなドレスデンのシンボル的存在であるのが、今回ご紹介するフラウエンキルヒェ(聖母教会)です。

現在教会が建っている場所には、11世紀には既に前身となる教会の建物がありました。周辺に住むスラブ人への布教を主な目的として建てられた教会は、その後も修復を繰り返します。

そして18世紀初頭から中ごろにかけ、より大きな教会が同じ場所に建設されました。内部の支柱なしで持ちこたえる巨大なドームをはじめ、使われた技術は当時にしては最高峰のものでした。バロック様式の代表建築として、フラウエンキルヒェはその後200年ほどの間この場に立ち続けます。

しかし第二次世界大戦が勃発、ドレスデンの中心地は「ドレスデン大空襲」によって徹底的に破壊されます。フラウエンキルヒェは爆撃による直接の被害は受けなかったものの、町に投下された焼夷弾の炎が内部に入り込み、その熱が原因で空爆の翌日に崩壊しました。

その後、崩れ落ちた教会の瓦礫は「戦争の傷跡」として、45年もの間その場に残されていました。当時の旧東ドイツにとって重要視されていなかった教会の再建案も、東西ドイツ統一後にはしだいに構想が固まり始めます。再建運動への声が高まるなか世界中から寄付が集まり、1994年遂に再建工事が始まりました。

再建工事では最新コンピューター技術を駆使し、できるだけオリジナルと同じになるように立て直しが行われます。積み上げられていた資材も、使用可能な物はなるべく使用されました。建物をよく見ると所々に黒い部分が見えますが、その黒い部分はオリジナルの資材が使われている箇所なのです。

約10年にわたる再建工事のあと、2005年10月に完成を祝う式典が行われます。この式典には6万人もの人が集まり、フラウエンキルヒェの新たな門出を祝いました。

教会の上にはイギリスから「和解の印」として贈られた十字架があります。

戦争の悲惨さを伝え、平和の象徴として愛されているフラウエンキルヒェ。一日の中でも様々な美しい姿を見せてくれます。

破壊からよみがえったその堂々とした美しさを、ぜひご自身の目で確かめてください。

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