世界遺産の迷宮都市、神のお告げで生まれたモロッコの古都・フェズ

1000年以上の歴史をもつモロッコ最古の王都、フェズ。「世界一の迷宮都市」とも称されるほど複雑に入り組んだメディナ(旧市街)は、まるごと世界遺産に登録されています。

ここに町を建設したのは、モロッコ初のイスラム王朝となったイドリス朝を興したイドリス1世。言い伝えでは、イドリス家はイスラム教の開祖ムハンマドの血を引く由緒ある家系だともいわれています。

彼は8世紀末、アッバース朝(イスラム帝国)に反抗したために迫害を受け、中央モロッコに逃れてきました。

イドリス1世がフェズ川周辺に首都建設の構想を練っていたとき、ひとりの老人が現れこう言ったのです。

「この地にはかつてフェズという都があったが、滅んでしまった。やがてイドリスを名乗る男がやってきて町を再建するだろう。」

この言葉を聞いたイドリス1世は、それを神のお告げと受け止め、「この町の再建が神から与えられた私の使命だ。アッラーの名のもとにこの町をフェズと名付けよう。」と決意しました。

こうしてイドリス1世はイドリス朝を成立させ、その息子イドリス2世の治世下でフェズは正式な首都となりました。

イドリス朝の後もフェズはいくつかのイスラム王朝の都として発展しつづけ、モロッコにおける伝統工芸や学問、芸術の中心地として栄華を極めるのです。

最盛期のマリーン朝の時代には、モスクやマドラサ(イスラム神学校)が次々と建てられ、「フェズ・エル・ジェイド」と呼ばれる新しい町も建設されました。それに対して最初に造られた古い町が「フェズ・エル・バリ」。今日「メディナ」と呼ばれるエリアは、この2つの町から成り立っています。

「フェズ・エル・バリ」とは、「ぼろぼろに古くなったフェズ」という意味。「ぼろぼろ」という表現が適当かどうかはさておき、フェズ・エル・バリには近代的な建物がほとんど存在しない中世のイスラム都市そのままの風景が広がっています。

城壁に囲まれた町には、自動車が入れない細道が網の目のように張り巡らされ、モスクやマドラサ、ザーウィヤ(霊廟)といった中世イスラム建築が点在しています。

迷い歩いていると、突然とんでもなく精巧な彫刻が施された壮麗な建物に出くわしはっとさせられるのです。

しかも、それらの建築物は単なる歴史の遺産ではなく、今も現役。ここで暮らす人々の日常に欠かせない信仰の場や社交の場として活躍しています。

自動車が入れない以上、ここでの物資の運搬手段の主役はいまだにロバか人力。ただでさえ狭い路地をロバや台車がふさぎ、渋滞を起こすのは日常茶飯事です。

フェズは古い町並みを多数抱えるモロッコのなかでも、「タイムスリップ」という言葉が最もよく似合う町でしょう。

数世紀にわたって王都として繁栄しただけあって、この町では隅々まで伝統の文化が息づいています。迷路のような路地を歩けば、どこからともなく職人がノミをふるう音や機織りの音が聞こえてきます。

「タンネリ」と呼ばれる革なめし職人地区もフェズの名物。

首都がラバトに、商業の中心がカサブランカに移った今でも、フェズはモロッコの人々にとって特別な古都。

それだけに、「フェースィー」と呼ばれるフェズ出身者には誇り高い人が多いといいます。それは、日本でいえば京都に近い感覚なのかもしれません。

現在のモロッコの文化の源流を生んだ古都、フェズ。この町を訪れずしてモロッコは語れないといっても過言ではないのです。

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