とにかくうるさい!シンガポール謎のお祭り「三皇五帝千秋」の悪夢
|こんにちわ。シンガポール在住2年半のライター、猫手舎です。
ここシンガポールでは、国民の8割がHDBと言われる分譲型公団住宅に住んでいます。
ひとつのHDB団地のなかはさながら小さな街。商店街に大型スーパー、外食チェーンにコンビニ、ATM、交番、ホーカーと呼ばれる屋台村、市場などなど生活に必要な物は全て揃っていて、お葬式もHDBの公共スペースで行います。HDBにはシンガポールの庶民文化の全てがあるといっても過言ではありません。
そんなHDBエリアに外国人が住んでいると、たまに想像をはるかに超えたローカルの風習に遭遇することがあるのです。今回は筆者がつい最近体験した、極限の忍耐力を試される謎の祭りについてご紹介したいと思います。
●地獄の始まり ー ある日突然巨大なテントが
筆者の住むコンドミニアムはHDBに取り囲まれているのですが、すぐ裏の空き地に大量のテント資材が運び込まれているのに気づいたある朝。お葬式用にしては大きすぎるし、なんだろうと思っている間にテントが組み上がり、そこに通じる道全てに「三皇五帝千秋」という横断幕が掲げられました。
そして10月初旬のある日の夜、テントからけたたましい音が。行ってみるとテントの半分が劇場になっていて、「ホッケンオペラ」なるものを上演中でした。京劇のようなもので、あの独特の甲高いセリフ回しと中華風パーカッションがエンドレスに響き渡ります。テントのもう半分は大宴会場で、路上には大量の車が溢れ、たくさんのお客で大賑わい。結局この騒ぎは夜の10時半まで続きました。
翌日も、その翌日も、夜になると大勢の人が集まってきて、路上は車で溢れ、辺りには京劇の奇妙な音が鳴り響く。それが毎晩毎晩きっかり夜10時半まで続くのです。それから丸2週間経ってもこの不思議な大騒ぎは続いていて、コンドミニアムの住人の中にはあまりのうるささにノイローゼ気味になる人まで出てくる始末。
閑静な住宅街の夜、2週間も続く大騒ぎ。日本では考えられない事態です。
●一体これは何の騒ぎなのか?
photos by Jinzle’s public domain photos
テント周りに住む外国人を悩ませるこの「三皇五帝千秋」というものは一体何なのか?シンガポーリアンにこの疑問をぶつけたところ、インド系シンガポーリアンはこう答えました。
「2回めのゴーストマンス(8月に一ヶ月続く中華圏のお盆)よ。10年前ぐらいまではゴーストマンスは年に1回だったけど、最近は2回も3回もやるのよ。全く、年に何度もゴーストを呼んだりして迷惑この上ないわ」
話に現実味がなかったので、マレー系シンガポーリアンにも聞いてみました。
「チャイニーズのやつらの祈祷だよ。ほっぺに鉄の串をぐさーっと刺したりするんだ。オレはマレーだから詳しくは知らないけどね」
これもまた意味の分からない答え。それならばと、中華系シンガポーリアンに直接聞いてみたところ、今度は
「古い神様を祀るお祭りなの。中国の伝統よ」
と、こざっぱりしすぎた答えしか返ってきませんでした。
こういう時はネットです。早速「三皇五帝千秋」と検索してみましたが、中国語のページしかヒットしてきません。ならば本場を探ってみようと台湾や中国本土にいる友人に聞いてみたら、驚くべきことに全員が「全く聞いたことがない」と。一体どこの、何のお祭りなのか?調べれば調べるほど真相が闇に包まれていきます。
唯一の手がかりとして残ったのは「ホッケンオペラ」でした。「ホッケン」とは「福建」のことで、シンガポールにやってきた華僑の人々の故郷が福建省。ということは、もしかすると中国でも福建省のみのお祭りなのかも?しかしネットでは、新嘉坡(シンガポール)とタイトルについた歌謡ショーの動画が散見されるばかりで、福建省の情報は見つかりませんでした。
●そして悪夢のクライマックスがやってきた
祭りの正体探しが暗礁に乗り上げたある夕方のこと。その日の外から聞こえてくる音が尋常じゃない。まるで野外フェスのような重低音がドンドンと響き、窓ガラスがビリビリ震えます。
何かとんでもないことが起ころうとしている。危機感に迫られてテントへ走ったところ、その日はついに祭りのフィナーレで、台湾から来た売れっ子歌手が歌謡ショーをやるという掲示が出ていました。しかし、音が、大きすぎる!!
そこから3時間半にわたって続いた歌謡ショーの間、あまりの音の大きさに部屋の中で家族と会話するのもままなりません。同じコンドの住人は続々と脱出していきましたが、逃げ遅れた私達はヘッドフォンで耳を塞いで何とか地獄の3時間半を耐えたのでした。
ラスト30分はいよいよ、台湾から来た有名歌手のショー。思い切りビブラートをきかせて歌い上げるその曲は、なんと五木ひろしの「夜空」!カバーバージョンが中華圏で広く人気で、2番は日本語のままなのです。腹立たしいぐらい発音のよい日本語が、シンガポールの星のない夜空を彩ります。さらに大トリは、細川たかしの「津軽じょんがら」!!ダンサブルなビートに乗せて、シンガポールの闇夜に中国語版じょんがらの調べが響き渡り、この上なく不条理な地獄の2週間は、この上なくシュールな日本歌謡で幕を閉じました。
結局この祭りが何なのかは分かりませんでしたが、時報のように毎晩ぴたりと10時半に終わったのが印象深かったです。なんでもそれ以上続けると周囲のシンガポーリアンから苦情が殺到するのだとか。外国人だけでなく、実はシンガポーリアンにとっても辛い2週間だったのかもしれません。ああうるさかった。
by 松下祥子@猫手舎
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