暇だからゾウ使いの免許を取りにチェンマイへ行ってみた
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「チェンマイには、象使いの免許が取れるキャンプがある」
そんなウワサを耳にしたのはタイに発つ一週間前だった。
せっかくタイに行くんだから象には乗っておきたいな~などとぼんやり考えていた私もこれには驚いた。象使い。なんと良い響きなのだろうか。自由自在に象を操る象使いになれたら、きっと今後の人生も自信を持って生きていける気がする。
履歴書の「免許・資格」欄に「英検3級」と書くよりは「象使い」と書いてある方がインパクトがあるし面接官との会話も弾むこと間違いなしだ。
インターネットで調べたら象使い免許の取れるキャンプはチェンマイにたくさんあるようで、とりあえず現地の旅行代理店に行けば何とかなるらしい。
今回の旅の目標を「象使いの免許を手に入れる」に定め、勇んでタイに降り立った私はまずはバンコクで観光がてら情報を集めることにした。
私がその時滞在していたのは「カオサン」と呼ばれる安宿街で、世界各国から集まったバックパッカーたちで賑わっていた。カオサンからほど近いところに「ワットポー」と呼ばれる有名な寺院がある。徒歩10~15分で辿り着くというので散歩がてら行ってみようかと外に出ると、暑い。何しろ毎日摂氏30度を当たり前のように超えている。夏ではない。10月のことだ。ちなみにタイは冬でも25度を下回らない。
「お姉さん、どこいくの?」
暑さに顔をしかめる私にそう語り掛けてきたのはトゥクトゥクの運転手だった。トゥクトゥクというのは観光者向けの三輪タクシーのことで、自動車のタクシーよりも割高な運賃を請求してくることが多い。
しかし、前日に移動ばかりして足が疲れていた私は、暑い中を彷徨い歩くよりもぼったくられるほうを選んだ。「ワットポーに行きたいです」と運転手に近寄ると、「ワットポーに行く前に旅行代理店に連れてってやるよ」という不可解な返事がかえってくる。
地図を私に見せながら、明らかに遠回りになるルートなのにカオサン⇒旅行代理店⇒ワットポーという順路を繰り返しペンでなぞっている。
「いや、私はここから寺院までストレートに行きたいんです」と何度言っても運転手は「旅行代理店に寄ってやる」と言ってきかない。この手口は何かの本で読んだことがあるぞ・・・!これは観光客を謎の旅行代理店に連れ込み、高額な旅行プランを無理やり組ませるタイプの詐欺に違いない。
詐欺だということに確固たる自信があったのだが、なんとなくその代理店とやらに連れて行ってもらうことにした。タイの詐欺がどのようにして行われるのか見ておきたいと思ったのだ。それに変なプランを組まされそうになったら断って帰れば済む話だ。日本人はノーと言えない人が多いが、私は違う。そう思ってトゥクトゥクに乗り込んだ。
そこは一見何の変哲もない普通の旅行代理店に見えた。看板にある「TRAVEL AGENCY」の文字は青と黄色で配色されておりポップな印象を受ける。
扉を開けると恰幅の良い中年男性が椅子にどっかりと座っていた。多分この代理店の店長なのだろう。色黒で目が据わっていて、何かに例えるとしたら意地の悪いヒポポタマスという感じだ。
「お客さん、タイは何日目ですか?」「●●にはもう行きましたか?」
流暢な日本語で語り掛けてくる。日本人の奥さんと一緒に千葉県に住んでいたことがあると言うが、本当かどうかは分からない。
「象使いの免許を取りたいんです」
私が開口一番そういうとヒポポおじさんは思いっきり「は?」という顔をし、「ゾウに乗りたいんなら、このコースがおススメ」と言っておもむろにパンフレットをガサゴソ取り出した。何千円、何万円もするツアーを次々と紹介してくる。日本国内の観光ツアーの値段というならまだ納得できるかもしれないが、タイの物価でこの価格は絶対におかしい・・・・・・「お客さんのために一級ホテルも格安で紹介するよ」「絶対におトク」ふと目を下に落とすと、机の上に手紙が飾ってあった。日本人女子学生から来たもののようで、「ヒポポさんのおかげでタイ旅行を存分に楽しめました!」と可愛らしい字で書いてある。「もしこの代理店に来てなかったら、何の思い出も無い寂しい旅になるところでした。おじさんありがとう。本当にありがとう・・・・・・」
気づいた時にはもうクレジットカードを彼に手渡していた。アユタヤ朝1日観光コース、象乗り体験&水上マーケット観光1泊2日コース計3500バーツ日本円にして約12000円を一括払いで払ってしまった。
ヒポポの手配したホテル(Wi-Fi不安定)に着いてから日本にいるタイ通に自分の置かれている状況を説明したところ、 「アユタヤ朝なんてバスで片道150円くらいで行けますよ」と言われたので泣いた。どうしてあんな高額な契約をしてしまったのだろうと何度も何度も自分を責める。限られたタイ滞在日数の3日間も消費することになる。あの拙い字の手紙も、きっと日本人の知り合いに書かせたウソの手紙なのだろう。トゥクトゥク詐欺の手口を知らない人が引っかかるならまだしも、詐欺と分かっていてまんまと引っかかるとは情けない。
アユタヤである。
世界遺産であるアユタヤの遺跡群を巡れたことはよかったのだが、一日中知らない外国人10名と行動を共にしなければならなかったのは辛かった。タイの美容師さんによってこけしのようなヘアスタイルになった私とわざわざ友だちになろうなどと思う人は1人もいないようだった。
前髪ぱっつんに童顔幼児体型、これほど見事なこけし実写版もないだろう。「Oh, あれこそまさにジャパニーズコケシ」とみんな心の中で笑っているに違いない。
異国で孤独を味わうことは数時間だけでもこんなに辛いのに、一泊二日のツアーなんか絶対無理だ。キャンセルしてもらうしかない。そう思って添乗員として来ていた旅行代理店スタッフのお姉さんに相談した。お姉さんは少し困ったような顔をしたがヒポポタマス似の店長に電話で話をつけてくれて、店まで一緒に同行してくれると言う。
古都アユタヤからバンコクに戻ると、なんと営業時間内にもかかわらず代理店のシャッターが下りていた。先ほどお姉さんが電話で「後で行く」と話をしていたはずなのに。まさか返金をしたくないがために居留守を使おうとしているのだろうか。お姉さんが再度かけてくれた電話にあの男が出たので自分の口で「ツアーをキャンセルしたい。お金も返してほしい」と言ってみたが「それは出来ない」の一点張りで突然電話を切られ、かけ直してみても電話にでないという調子だった。そう、タイにはクーリングオフという言葉など存在しないのだ。
仕方がないので一泊二日のツアー代7000円はドブに捨てることにした。
寝台列車で13時間かけてチェンマイへ降り立った。随分遠回りをしてしまった気がする。カオサンでトゥクトゥクに乗るところからやり直したい。なんだかんだでタイ旅行の残り日数も少なくなっていた。時間を大切に過ごさなければならない。
バンコクでは「象使いの免許」と言うと全員「?」という顔をしていたが、チェンマイでは大丈夫だろう。むしろチェンマイ市民のほとんどが象使いの資格を持っていそうだ。
市内中心部のホテルにチェックインして荷物を置いた。ホテルのフロント脇に旅行代理店カウンターがあったので早速そこでキャンプの申し込みをする。さすがバンコクの時とは違って象に関するツアーが豊富だ。
「このツアーって、象使いの免許取れるんですよね?」
「何ですか?それは」
私はまた路頭に迷ってしまった。ふらっとホテルの外へ出ると日差しが眩しかった。日本ではいま、どんなことが起こっているのだろう?
「お嬢ちゃん、どこ行きたいの?」
眩しさに顔をしかめる私にそう語り掛けてきたのはトゥクトゥクの運転手だった。よく見ると女性の運転手だ。同じぼったくられるなら、男より女のほうがいい。
「・・・・・・どこへ行けばいいのか分からないんです」
「チェンマイは射撃が有名だよ。首長族の村もある」
「じゃあ射撃場へ行ってみてください」
「あいよ。ところでお嬢ちゃん、明日、明後日の予定はもう決まっているの?象に乗ったり、牛に乗ったり、川下りが出来る面白い施設があるの。近くには首長族の村もあってね・・・・・・一日送迎付きで、600バーツでいいよ。どう?朝、あんたのホテルまで迎えに来てあげる」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
私はチェンマイを目いっぱい楽しんだ。これでもう思い残すことはない。帰国予定日が二日後に控えていた。今夜中に夜行バスでバンコクへ戻って、明日はゆっくりお土産でも買おう・・・・・・
「どうだい?楽しいだろう?」
「はい、とても楽しいです。まるで夢の中にいるような気分・・・・・・」
「そうかいそうかい。それはよかったよ。ところでお嬢ちゃんはどうしてチェンマイに来たの?」
「わたし、象使いの免許を取りたくてやって来たんです」
「なるほどね」
「・・・・・・もしかして知っているんですか?象使いの免許を取れる場所を?」
「うん」
「・・・・・・」
「・・・・・・日が暮れてきたね」
「そうですね。そろそろホテルに戻りましょう・・・・・・」