暇だからタイで実弾を撃ってみた
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バンコクから夜行列車に乗り込んで13時間、チェンマイに着いたのは朝の7時だった。
適当なホテルにチェックインして3、4時間睡眠不足を補う。夜行列車ではなかなかぐっすりと眠ることはできない。
午後を持て余した私は、とりあえずホテルの周りでも散歩してみるかと外に出る。
と、トゥクトゥクの運転手に呼び止められた。よく見ると女性である。
バンコク市内でもトゥクトゥクは散々見たが、女性の運転手を見るのはそれが初めてだった。
「トゥクトゥクはトラブルの元だからできるだけ乗らない方がいい」とガイドブックにも書いているほどだが、女性運転手が珍しくて近づいた。
「お嬢ちゃんどこに行きたいんだい」と言うその女性は見た目60歳くらいのおばさん~お婆さんで安心する。
「特に決めてないよ、チェンマイに来たのは今日が初めてでまだ何があるかよくわかってない」というと簡単な地図を見せてくれた。
それは動物園や射撃場、首長族の村などいろいろな観光スポットが載っている地図だった。
タイの射撃場は火薬を減らしていない実弾が撃てると噂に聞いていたことを思い出す。ハワイやグアムなどの観光地にある射撃場は、観光客向けに火薬を減らしていることが多いのだ(その方が音も小さいし反動も少ないから)。
射撃をやってみたいと言うと「100バーツで乗せてってやんよ」と準備を始めた。
トゥクトゥクの価格はよくぼったくりだと言うが、どうせぼったくられるならおっさんよりおばさんにぼったくられる方が良いと思ったので乗ることにした。
絶対にぼったくられたくない人はメーターのついたタクシーに乗ることを勧める。
「あたしはミセス・ノックだよ」と名乗るそのおばさんは途中でセブンイレブンによって私にお茶を買ってくれた。
「緑茶」なのに「ライチ味」と書いてあるところが大胆。
タイで売っているお茶は砂糖がたくさん加えてあってほぼジュースだ。しかしノックさんの気遣いがありがたかったので受け取って飲んだ。
チェンマイはバンコクに比べて広くて緑も豊かで空気もそんなに汚れていない。
バンコクは都会的で少し東京に似ているが、チェンマイは牧歌的な雰囲気がある。タイを訪れる際はぜひチェンマイにも足を運んでみて欲しい。
チェンマイの中心部からトゥクトゥクで30分くらいした所にその射撃場はあった。
誰かが撃っている鉄砲の音が耳に入って鼓膜が破れるんじゃないかとビクビクしたが驚くことにお客さんが誰もいない。
小さい頃から大きな音が死ぬほど苦手で、雷、花火、映画館、親父の怒鳴り声、犬など全部怖かった。最近は慣れてきたが、本物のピストルの音に耐えられるかどうか分からない。
受付には優しそうなお姉さんが2人いた。
たくさんあるピストルを見せられてどれか好きなものを選べと言われた。正直ピストルのことなんて全くわからない。
私は生まれてこの方悪いことなんて1つもしたことがなかった。万引きもスリも詐欺もしてないし、ヤクにもムショにも縁が無い。タイマンを張ったことも無いしヤリマンでもない。パンチラは見せてもチンピラは大嫌い。釈迦は拝むがチャカは怖い。
何が言いたいかというと、拳銃の種類がよく分からなかった。だから、一番イージーなのはどれかと尋ねたら「22口径がいい」というのでそれにした。
デカくて派手なライフルも魅力的だったけど、私はチャカが好きだ。チャカをとにかく撃ってみたい。
50発1750バーツ(約6000円)を支払い、射撃場へと向かう。
撃ち方を教えてくれるのは軍人さんらしいので、2メートルくらいある屈強な輩を想像したが、出てきたのは駄菓子屋に座っていそうなおじさんだった。
なお、筆者の二の腕は太め。
「いいかい、左手はそっと支えるようにして持つんだ・・・・・・」
「危ない!まだ引き金に指をかけてはダメだ」
「良いぞ、どんどん上手くなってきた・・・・・・」
「もう少し右上だ、そうそうその調子・・・・・・」
隣にピッタリと寄り添って優しい言葉をかけてくれる。「褒めて伸ばすスキル」が高いので、この人はきっと「隊長」に違いないと思った。
懸念していた「音」問題だが、確かに「バーン!」と大きい音がしてビビるけどイヤーマフのおかげでギリギリ大丈夫だった。
日本では決して味わうことの出来ない、この「爽快感」・・・・・・なんだかクセになりそうだ。
私の左耳で隊長がずっと囁いている。「いいよ・・・・・・上手だよ・・・・・・」正直、50発は多かったかもしれない。というか、ちょっと飽きてきた。でも隊長もミセス・ノックも隊長の部下みたいな軍人も傍でずっと見ている。
「バーン!」「バーン!」と繰り返される射撃音と、隊長の低くて優しい声が交互に私の耳をくすぐる。極度の緊張状態が相まって私の脳は不思議な幻を映し出すようになっていた。
隊長と食べる釜の飯、隊長とハンモックに寝そべって話し込んだあの夜、初めてのほふく前進、キャンプファイヤーの影で初めてしたキス・・・
戦地で繰り広げられる激しく甘いひととき・・・・・・そんな妄想に浸るうちに段々とエクスタシーを感じ始めていた。
「やったぞ!真ん中に命中だ!」
「?!」
激しく乱れる脳内をよそに、私の手元のコントロールは全然乱れていなかった。
なお、二の腕は太め。
「やったな。初めてなのにここまで出来るとは大したもんだ」
隊長が去って行く。弾の切れ目が縁の切れ目ということだ。
ミセス・ノック「戻るかい?ホテルへ」