ゴミ捨て放題?在住者が見た「罰金王国シンガポールの理想と現実」
シンガポールに住んでいるというと、真っ先に言われるのは「きれいな街なんでしょ?」という言葉だ。この国が「ファイン(美しい、罰金両方の意味を持つ)カントリー」と呼ばれ、街の美しさと秩序を保つため様々な罰則があるのは日本でもよく知られている。
そういうなかで旅をするのはさぞや大変かと思われるかもしれないが、実は外からの情報と現実はかなり違うのである。シンガポール名物の「多すぎる罰則」は、果たしてどのくらい守られているのか?シンガポール在住1年8ヶ月の筆者が、体験ベースでの実例をいくつかご紹介したい。
・ゴミのポイすて
有名な観光地では取り締まりがあるらしいが、それ以外は「ごみだらけ」である。外国人が少ないローカルエリアでは、植え込みや草地に煙草の吸い殻やティッシュ、食べかすなどが散らばっているのは普通で、繁華街でも清掃の入る前の早朝の街はひどいもの。ゴミ箱が空っぽでまわりにゴミの山など、首をかしげる光景も見られる。
加えてこちらの仏教徒は道端にお供えの食べ物や線香を置くので、大通りを外れると限りなくゴミに近いものが地べたに並んでいたりする。シンガポールがきれいに見えるとしたら、それは単に清掃従事者が頑張っているからだ。
・煙草の持ち込み
空港でさぞや厳しいチェックがあるだろうと予想するだろうが、実際にはほぼノーチェック。ただし係員が気が向いた時だけ、無作為に呼ばれて荷物を調べられる。無申告のタバコを持っていたら、その時は当然アウトだ。
・トイレを流さない
逆に「便器の中には紙が残っている」のが常識と言いたいくらいだ。というのも水を流す部分がレバーではなくボタンなので、硬くて押しにくかったり押しても反応しなかったりするからだ。水圧自体低いところも多いので、流し残しも多々起こる。紙で覆われて見えないが、ブツも相当な割合で残っているものと思われる。
・公共交通機関へのドリアンの持ち込み
さすがにMRT(電車)では見たことがないが、バスではわりとある。乗るなり大便臭いのですぐ分かる。タクシーもノードリアンなはずなのだが、運転手が持ち込んでいることも。
・横断歩道以外の場所を渡る
そんな規則があることに気がつかないぐらい、普通に渡る。一方通行や中央分離帯が多いので渡りやすいのだ。
・ハトへの餌付け
HDB(分譲公団)の中に入って行くと、ハト用に大量の餌が置かれているのをよく見かける。ハトの方も餌を待っているようである。
・唾吐き
守ろうと努力している人が多い。でも常に痰は切りたいらしく「カーッペッ」の「カーッ」だけやってあとは「ごっくん」している人をたまに見かける。開き直ったのか、唾だけでなくおもいっきり手鼻をかんでビームのように飛ばしながら歩くおじさんもいる。
・HDBの窓から物を投げ捨てる
高層階からゴミを盛大に捨てる人がいまだにいる。
・車のスピード違反
取り締まり用のカメラがあるにもかかわらず、タクシーは恐ろしいほど飛ばす。夜中には空いた道路をスーパーカーが激走する。
・書籍や映像の検閲
手持ちや郵送であらゆる類のダメそうなコンテンツを持ち込んだことがあるが、郵送で表書きに思い切り本やDVDと書いていても開けられた形跡を見たことがない。
・麻薬
シンガポールは麻薬犯罪にとりわけ厳しいことで有名で、麻薬を持ち込んだオーストラリア人が国際的非難をよそに死刑に処されたことも記憶に新しい。しかし実際には、ヒンドゥの正月で沸き立つリトルインディアで、こっそり怪しい薬を売買したり、酩酊している男たちを何度も見かけた。そういう治外法権的な場所や時期があるのか?
・公共物の破壊や落書き
これも恐れられている罰則のひとつ。1993年にアメリカンスクールに通うアメリカ人学生が、2010年には地下鉄に落書きをしたスイス人男性が、外国人にもかかわらず鞭打ちされたのだが、罰金なんて生易しい刑じゃないのでさすがに皆しないのかなと思ったら、すぐうちの近所に例の「グラフィティ」がいくつもあるのを思い出した。どこの国にも向こう見ずな猛者はいるのだ。
この通り、違反するとすぐ処罰されるはずの罰則が全然厳しくないのである。そもそも決まりが多すぎて、誰がそれを全部チェックするのかという話だ。街で警官を見かけることすら少ないというのに。
一方で、かなり厳格に守られている罰則もある。
・ガムの所持
ゴミ捨てと同じくシンガポールを代表する珍罰則であるが、ゴミ捨てとは違い、口をもぐもぐさせている人も、どこかに貼り付けてあったりするのも見たことがない(でもガム自体は医療用なら薬局で誰でも買える)。
・デモや政府への批判
シンガポールは事実上独裁国家なので、政府の意向に楯突くような真似は許されない。
・禁止区域での飲食
特に乗り物の中での飲食は厳格に取り締まられる。筆者はMRT(電車)のホームで何も知らずに水を口に含んだ瞬間、どこかから係員が飛んできて怒られたことも。
・花火
政府が上げるもの以外見たことがない。
・信号や横断歩道での車の停止
歩行者に関してはほぼスルーだが、車に対しては大変厳しい。信号にたまにカメラがついていて、通過がわずかに赤にひっかかっただけでも請求書が郵送されてくる。歩行者優先の横断歩道も、日本では考えられないくらい車が歩行者を優先する。スピード違反は平気でするのに信号や横断歩道だけ何故こんなに厳格なのか、理解に苦しむほどだ。
・植木鉢の受け皿に水をためる
これは植木鉢にかぎらず、敷地内に蚊がわくような水たまり全てにおいて、かなり厳格に規則が守られている。というのもシンガポールではデング熱の被害が深刻で、蚊から身を守ることが大変重要なのだ。
・禁止エリアでの喫煙
これは禁止エリアを気にする必要がないくらい禁止じゃないエリアが多いからだ。確かに屋内は禁煙だが一歩外に出れば吸えるところはいくらでもある。吸い殻のポイ捨てがダメなだけで、歩きタバコは禁止されていないし、灰皿つきのゴミ箱があらゆるところに設置されている。それでもタバコの吸殻が道端に落ちまくっているのには呆れるを通り越して感心してしまう。
シンガポーリアンの7割が華僑であるせいか、それとも東南アジア気質なのか、よく言えばおおらか、悪くいえばずさんという「大陸的」な文化がある。罰則もとにかく細かいようで実際はゆるいものだし、罰金がかかるものは「そうする人が多くいる」との逆説的な証明でもある。そして仮に違反が見つかっても実際に罰金を取られることは少ないというのも、いかにもシンガポールらしい。
しかし、あくまでも理想は「やたらある罰則を誰もひとつも犯さない状態のシンガポール」である。クリーンでグリーンでセーフティーでアーバンでリッチな勝ち組国家。シンガポールの珍罰則は、政府が国民に向けて発している「努力目標」なのかもしれない。
文:松下祥子