オスマン帝国のモスクだった教会!ハンガリー・ブダペストのマーチャーシュ聖堂に感動!

ハンガリーの首都ブダペストは、「東欧のパリ」と呼ばれる程の美しい街並みです。

歴代のハンガリー国王の戴冠式が行われたマーチャーシュ聖堂は、かつてオスマン帝国に占領された際にモスクにされた過去を持つ教会。

カラフルな屋根に独特のフレスコ画を持ち、オリエンタルな雰囲気と芸術的魅力が溢れるマーチャーシュ聖堂をご紹介します。

ブダペストはドナウ川を挟み「ブダ」と「ペスト」のエリアに分かれています。マーチャーシュ聖堂は西側のブダ王宮のある静かな丘の上に位置します。

このエリアは、ユネスコの世界遺産に「ブダペストのドナウ河岸とブダ城地区およびアンドラーシ通り」として登録されており、美しい景色が見られることで有名。

マーチャーシュ聖堂は13世紀半ばに建てられ、正式名称は「聖母マリア聖堂」です。

現在マーチャーシュ聖堂と呼ばれているのには、理由があります。

戦に優れハンガリー帝国の繁栄を勝ち取ったマーチャーシュ1世は、聖母マリア聖堂で戴冠式を行い、二度の結婚式を行いました。彼は芸術を愛しルネッサンス文化を積極的に取り入れた人物です。

15世紀に聖堂はマーチャーシュ1世により大々的に改修されその後、彼にちなんでマーチャーシュ聖堂と呼ばれるようになりました。真っ白な美しい石造りの教会の屋根の部分は、ダイヤモンド模様の屋根瓦が敷き詰められており、よく見ると至る所にハンガリー国章にもある「二重十字架」のデザインが施されています。

マーチャーシュ聖堂は見る角度により、随分と雰囲気が異なります。周辺をぐるりと一周してみましょう。

チケット売り場から良く見える小さな塔の上には、指輪を加えたカラスの像が飾られています。
このカラスはマーチャーシュ一族のシンボルなので、ぜひ探して見てください。聖堂の中に足を踏み入れると、美しいフレスコ画や内装に一瞬にして心を奪われます。
1000年に成立したハンガリー王国は、周辺国を次々と支配下に入れ繁栄していましたが、16世紀にオスマン帝国に戦で敗れ、大半の領土は占領されました。

その時代にマーシャーシュ聖堂はオスマン帝国のモスクとして利用され、天井のフレスコ画は白く塗りつぶされてしまったそうです。

現在の聖堂は19世紀に建築家のフリジェシュ・シュレクにより、13世紀の設計図を基にして新しい要素も加えながらゴシック様式に改修されました。

教会の内部には、豪華絢爛なフレスコ画が描かれています。

西洋の教会で見るフレスコ画は、聖書の有名な場面や天使の絵などが描かれた物が多いですが、唐草模様や幾何学的な柄が描かれており、東洋的な美しさも持ち合わせています。

2階は博物館になっており、宝物のレプリカやカラフルな屋根の一部が展示されています。

博物館から1階へ降りる階段には、伝説的な美貌を持ち自立した女性として有名なオーストリア皇后エリザベートの像があります。彼女はハンガリーを気に入り、長期的に滞在していました。

当時、独立運動が行われていたハンガリーに関心を持ったエリザベートは、夫であるオーストリア皇帝のフランツ・ヨーゼフに働きかけ、のち自治権が与えられ「ハンガリー・オーストリア帝国」の二重国家となりました。エリザベートは今でもハンガリー国民に絶大な人気を誇ります。

さて、マーチャーシュ聖堂には、不思議な言い伝えがある事をご存知ですか?

17世紀にオーストリアのハプスブルク帝国を中心とした連合国軍がブダペストへ侵攻し、マーチャーシュ聖堂の壁を砲撃したところ、壁の中に隠されていたマリア像が姿を現しました。

当時、モスクと化した聖堂内で祈りを捧げていたオスマンの兵士たちは、驚きのあまり士気がさがり、オーストリア側の勝利に繋がったと言われています。

ハンガリーの歴史は過去の繁栄と他国に支配された時代の両方があり、現代に生きる人々にも信仰心が強く根付いています。現在のブダペストは急速に発展しており、とてもエネルギッシュな街です。

あなたも西洋と東洋の文化が交わるマーチャーシュ聖堂で、ハンガリーの魅力に触れて見ませんか?

Post: GoTrip! http://gotrip.jp/ 旅に行きたくなるメディア

名前 マーチャーシュ聖堂(Mátyás Templom)
住所 Budapest, Szentháromság tér 2, 1014 Hungary
アクセス メトロM2 Batthyány tér駅下車徒歩15分
営業時間 平日9時~17時、土曜9時~、日曜13時~ (営業時間は季節により変動)
公式サイト http://www.matyas-templom.hu/main.php?Lang=EN
料金 1500 HUF