世界遺産の旧市街はローマ皇帝の宮殿!ローマと中世が絡み合うクロアチア・スプリットを歩く

アドリア海沿岸で最大の港町スプリットは、クロアチア屈指の観光地。フェリーやボートが絶えず行き交う港は、リゾート地らしい活気に満ちています。

スプリット最大の見どころが、城壁に囲まれた旧市街。スプリットの旧市街は、ローマ皇帝ディオクレティアヌスの宮殿の上に築かれたという特殊な起源をもつ街。その特異な成り立ちと、歴史的な街並みから、世界遺産に登録されています。

ディオクレティアヌス帝がスプリットの宮殿に住むようになったのは、305年のこと。宮殿の跡地に人が住み着くようになったのは、皇帝の死後から数世紀を経た7世紀のことでした。ローマ帝国が滅亡し、近郊の街・サロナを追われた人々が、堅牢な城壁に囲まれたスプリットの宮殿を安住の地としたのです。

彼らは、宮殿の基礎部分はそのまま残し、その上に建物を増築するようにして街を形成したため、現在見られるようなローマ時代と中世の建築物が混在する独特の街並みが生まれることになったのです。

城壁に囲まれたスプリットの旧市街には、4ヵ所の入口があります。旧市街の北側にある金の門の向かいに立っているのが、クロアチアのラテン語化に抵抗し、スラヴ語の保護に貢献した司教、グルグール・ニンスキの像。

像の左足の親指に触れると幸運が訪れるといわれています。多くの人々に触られてピカピカに輝く左足。あなたは何をお願いしますか。

ローマの円形闘技場「コロッセオ」を思わせるような、がっしりとした金の門は圧巻。

門をくぐればそこは、石造りの建物が並ぶ古い街。ここから中世とローマ時代への不思議なタイムスリップがはじまります。

スプリットの旧市街の中心地が、「ペリスティル」と呼ばれる広場。ディオクレティアヌス帝の宮殿であった当時は、ペリスティルを中心にして、北が兵舎と使用人の住居、南が皇帝の私邸に分かれていました。

東西に12本のコリント式列柱が連なるペリスティルは、ローマ時代の面影が色濃く感じられる場所。広場に鎮座するスフィンクス像は、皇帝がエジプト遠征から持ち帰ったうちの一体です。

ディオクレティアヌス宮殿のなかで最も見ごたえのある建物が、ペリスティルに面して建つ大聖堂。

もともとは、ディオクレティアヌス帝が自らの霊廟として建てたものですが、皇帝の死後、キリスト教を弾圧したことに恨みをもつキリスト教徒の手によって破壊され、キリスト教の聖堂へと変えられたという数奇な運命をたどっています。

かつてここに安置されていた皇帝の遺体はいまだ行方不明。現在は皇帝のキリスト教弾圧政策により殉教した聖ドムニウスが祀られています。

こぢんまりとした空間ながら、貴重な芸術作品で埋め尽くされた大聖堂内部は、息を呑むほどの荘厳さ。

旧市街の南側にある青銅の門とペリスティルは、地下通路でつながっています。この通路には、アクセサリーや絵画をはじめとするクロアチアのお土産がずらりと並び、珍しい品物の数々は見ているだけでも楽しめます。

地下通路を抜けると、皇帝の私邸の玄関の役割を果たしていた円形の広間、前庭へ。現在は天井に穴が開いていますが、かつてはモザイクで装飾されたドームで覆われていたのだとか。

ここではしばしばクロアチアの伝統音楽でもあるクラパ(4人の男性によるアカペラ合唱)のパフォーマンスが行われています。運よくパフォーマンスに立ち会うことができたら、高い壁に反響する美声に酔いしれて。

スプリットの街歩きの醍醐味が、迷路のような路地散策。石畳の狭い路地が張り巡らされたスプリットの旧市街は、路地好きにはたまらない場所なのです。

特別何をするわけではなくとも、小さな教会やショップ、レストランなどが点在する路地は、一日じゅうでも歩き回っていられると思うほど。

スプリットの旧市街にはセンスの良いお店が多く、心躍るフォトジェニックな風景にたくさん出会えますよ。

ローマ時代の宮殿の上に築かれたスプリットの旧市街は、ローマ時代と中世の建造物が複雑に絡み合った、独特の景観を誇る街。

いままで見たことがないような不思議な魅力をもつ街並みに、誰もが感激せずにはいられません。

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