鑑賞無料!ロンドンのストリートでバンクシー巡り

イギリス南西部ブリストル出身の覆面アーティスト、バンクシー(Banksy)は、1990年代にブリストルで活動を開始し、今では世界を股にかた神出鬼没のアート活動を続けています。

反権力、反消費主義で、あらゆる社会問題に切り込んだブラック・ユーモアを効かせた風刺画が人気を博しているだけでなく、自身の作品をニューヨークのメトロポリタン美術館やロンドンの大英博物館などの世界的ミュージアムに勝手に展示するなど、そのゲリラ的活動方法も支持を集めています。

2018年10月5日、ロンドンのオークション大手サザビーズで104万2000ポンド(約1億5400万円)で落札された人気作品「少女と風船(Girl With Balloon)」が、落札直後にバンクシーの手によって額縁に仕込まれていたシュレッダーで切り刻まれるという前代未聞の出来事は、世界中で大きな話題となりました。

今やバンクシーの作品はセレブリティのファンも多く、世界各地のオークションやギャラリーで高額取引されるようになりましたが、ロンドンはバンクシーのストリート・アートの宝庫。並ばずとも、数億で購入せずともバンクシーのグラフィティを無料で鑑賞できる贅沢な街なのです。

ロンドンに残る(2018年10月17日現在)、バンクシーの主なグラフィティをご紹介しましょう。

・グラフィティ・エリア(Graffiti area)
場所:83 Rivington St, London EC2A 3AY(経度緯度 51.526383, -0.078957)

ふさふさのプードルの警備犬を連れた警備員に、「英国道路庁の命により、この壁はグラフィティ専用のエリアです。ゴミはお持ち帰りください」との表記が添えられています。

ストリート・アートの激戦区、ショーディッチにあるナイトクラブ「カーゴ(Cargo)」のガーデン・エリアにあります。

・HMVドッグ(His Master’s Voice(HMV) dog)
場所:83 Rivington St, London EC2A 3AY(経度緯度 51.526383, -0.078957)

「グラフィティ・エリア」と同じナイトクラブのガーデン・エリアにあります。

「彼のご主人の声(His Master’s Voice (HMV))」とは、ビクター(現・JVCケンウッド)社のマークとして使われた、蓄音機に耳を傾ける犬を描いた絵をもとにしたグラフィティですが、バンクシーの犬は、ご主人の声にバズーカ砲を向けています。

・粉を吸う警官(Snorting copper)
場所:115 Curtain Rd, London EC2A 3BS(経度緯度 51.525772, -0.080500)

上記のナイト・クラブ「カーゴ(Cargo)」から徒歩数分の場所にある、北欧スタイルの洒落たサンドイッチ・ショップの中に設置されているこのグラフィティは、珍しい経緯をたどっています。

現在の小奇麗な商業ビルが開発される前は、別の建物が建っていました。その建物のトイレ・ブロックの壁に描かれたのが、地面に這いつくばり、ストローで薬物の粉を吸い込んでいる警官です。
このグラフィティは傷をつけられ、さらには地区政府により白いペンキで塗りつぶされていました。

この地を買い取った不動産開発業者は、バンクシーの絵が隠れている部分の壁を切り出し、洗浄、修復作業を施して鉄骨のフレームに収め、建てなおされたビルの一角に設置したのです。また、保護しながらも店外から見えるように路地に面したガラス張りの壁の内側に設置されています。オークションに出してぼろ儲け、または店内の奥まった場所に設置すれば店の集客につながったかもしれませんが、そうしなかったことにこの不動産業者の心意気が感じられて嬉しくなります。

・ロボに上書きされたネズミ(Team Robbo Rat)
場所:39 Chiswell St, London EC1Y 4SB(経度緯度 51.520996, -0.091402)

バンクシーのグラフィティに頻繁に登場するネズミ。メッセージ・ボードを持つものもよくあります。

なんとなくバンクシーらしくない作風のメッセージが書かれていますが、実はこれ、メッセージ部分だけバンクシーのライバルであり、同じく覆面ストリート・アーティストとして活躍していた「キング・ロボ(King Robbo)」によって上書きされているのです。
バンクシーによって「ロンドン機能せず(LONDON Doesn’t work )」と書かれたメッセージの上に、バンクシーと互いの作品に上書き合戦を繰り返していたロボが、『そんなことはない』とばかりに「I LOVE LONDON ROBBO」と上書きしました。

バンクシーがロンドンのグラフィティのパイオニアであったロボの作品を半分覆うように上書きしたことから始まった2人の「グラフィティ戦争」は2009年から1年以上続き、テレビ局がドキュメンタリー番組を制作するなど話題になりました。互いの作品を全て塗りつぶすことはせず、上書きやリメイクでセンスを競いあったアーティスティックな戦いは、2011年4月、ロボがロンドンの路上で頭に重傷を負った状態で発見されたことで終焉を迎えました。ロボの傷の状態から階段から落ちたと推測されています。ロボは昏睡状態のまま2014年7月31日に45歳という若さで帰らぬ人となりました。

この小さなグラフィティは、2人のアーティストが残したロンドンのストリート・アート史に残る作品なのです。

・バスキアと非公式コラボ1(Banksy Basquiat piece)
場所:Golden Lane, London EC1Y 0SN(経度緯度 51.520819, -0.093979)

コンサート・ホール、劇場、映画館、学校、ギャラリー、図書館、レストランなどが入居する巨大な文化施設「バービカン・センター(Barbican Centre)」の一角にあるグラフィティ。「ロボに上書きされたネズミ」から徒歩2分のところあるトンネル内。

バービカン・アート・ギャラリーで2017年9月21日から2018年1月28日まで開催された、アメリカのストリート系アーティスト「ジャン=ミシェル・バスキア(Jean-Michel Basquiat)」のエキシビジョン開幕の数日前に、エキシビジョンの会場近くに出現したグラフィティ。

バスキアの作品「ジョニーパンプの少年と犬(Boy and Dog in a Johnnypump)」をフィーチャーしたこの作品の写真を自身のインスタグラムに投稿したバンクシーは「メトロポリタン・ポリスに歓迎されているバスキアのポートレート。新たなバスキアのショーとの非公式なコラボレーション」とキャプションをつけました。

黒人であるバスキアを白人のロンドン警察が身体検査をしながら職務質問している様は、アメリカで社会問題となっている白人警官による黒人射殺事件を思い起こさせます。
アクリル板で覆われ保護される前に、無名のアーティストがバスキアのトレードマークでもある王冠を持って駆けつけるスケルトンのような絵を描き足しています。

・バスキアと非公式コラボ2(Banksy Basquiat piece)
場所:Golden Ln, London EC1Y 0SN(経度緯度 51.520819, -0.093979)

インスタグラムに「バスキアの大規模なショーがバービカンで開催される。普段は落書きを消すのに熱心なこの場所で」とキャプションをつけて投稿されたこちらのグラフィティは、バスキアのポートレートの向かいの壁に描かれています。

観覧車のかごが、バスキアの王冠に置き換わっており、その観覧車に乗るためのチケットを買おうと人々が行列を作っています。

「ストリート・アートに非寛容な場所で、ストリート系アーティストを崇め、金儲けをするなんて」という皮肉が込められているのでしょう。

・落下する買い物客(Falling Shopper)
場所: Bruton Lane, Mayfair, London(経度緯度 51.510465, -0.143750)

ロンドンの高級ブランドやデパートが集まるエリア、メイフェア地区の一角にある空きビルの壁に2011年に出現したグラフィティ。消費主義にとりつかれた女性の末路を描いたのでしょうか。

地上から7メートルの高さに描かれているため、保護板なしでも綺麗な状態で残されていますが、一等地に建つ空きビルなので取り壊されるのも時間の問題かもしれません。

・道化のロイヤル・ファミリー(The ‘Clown’ Royal Family.)
場所:129 Stoke Newington Church Street, Stoke Newington, London N16 0UH
(経度緯度 51.561850, -0.080871)

ロンドン北東部のストーク・ニューイントンのアパートの壁に2001年に出現したグラフィティ。
王の象徴である「王冠=Crown」と「道化=Clown」をなぞらえ、バッキンガム宮殿のバルコニーに立ち並ぶ、イギリス王室を道化風に描いています。

描かれてから8年も経った2009年、ハックニー地区政府は突如これを落書きと判断し、塗り潰し作業を開始しました。その作業を見た建物オーナーが慌てて作業をやめさせたそうです。
当時の英ガーディアン紙によると、街の景観を管理する地区政府の担当者は『落書き』を除去する前にオーナーに4度連絡をとろうと試みましたが、土地の登記簿に記載されていた連絡先が間違っていたため、連絡がとれないまま塗装作業を開始したそうです。
ハックニー市議会議員のアラン・ラウィン氏は「ハックニー評議会は、落書きが芸術であるかどうかを判断することはしません。私たちの仕事はハックニーの通りを清潔に保つこと、ただそれだけです」と語っています。

塗りつぶされる前には、バルコニーの周りにバッキンガム宮殿らしき建物が描かれていました。ちなみにこのグラフィティの人物部分を描き換えたリメイク版は、有名人や企業のために作品を制作することのないバンクシーにしてはめずらしく、イギリスのロック・バンド「ブラー(Blur)」のシングル「クレイジー・ビート(Crazy Beat)」のジャケットに提供されています。

・消えてなくなる前に

街中の壁に描かれたバンクシーの作品は、落書きとして消されたり、価値が上がってからは壁ごと盗まれたり、建物のオーナーによって切り取られてオークションにかけられたりと受難の道を歩んでいます。

今回の取材でも、ネットで最新情報を収集して出かけて見たものの、塀で囲われていたり、消されていたりしてすでに見ることができなくなっているものがいくつかありました。

一方で最近では、市区政府もバンクシーの作品を積極的に保護し、出現すると即座にアクリル板で保護するなどし、バンクシー作品の近くに作品を残したい売名目的のアーティストや反ストリート・アートの活動家などにより作品が傷がつけられることを防いでいます。

ロンドンに現存するバンクシー作品も、いつ売られてしまうか、建物ごと取り壊されてしまうかわかりません。誰もが楽しめる上質な街角のアートがなくなってしまうのは非常に残念ですが、それはストリート・アートの宿命でもあると言えます。逆に、今この瞬間にもバンクシーの飽くなき創造力により新たなる作品がどこかの街角に増えているかもしれません。

ロンドンはバンクシーのほかにも人々を楽しませてくれる上質なストリート・アートの宝庫。特に冒頭でご紹介したショーディッチ・エリアはロンドン随一のストリート・アート激戦区で、街歩きが楽しいエリア。

ロンドンを訪れた際は、バンクシーやレベルの高い街角のアートを楽しみに出かけてみては?

Post: GoTrip! https://gotrip.jp/ 旅に行きたくなるメディア