【世界の街角】ドイツ・フランクフルトの緑豊かな公園を歩き、自然景観を楽しむ
ドイツ・ヘッセン州最大の都市、フランクフルト。羽田空港からフランクフルト空港へは、ルフトハンザドイツ航空の直行便が毎日運航しており、ドイツの空の玄関口ともいわれています。

フランクフルトの旧市街には、市庁舎と木組みの家並みで知られるレーマー広場(Römerberg)や、展望塔から旧市街を一望できるフランクフルト大聖堂/バルトロメウス大聖堂(Kaiserdom St. Bartholomäus)」、文豪ゲーテの生家であるゲーテハウスといった見どころがあります。
しかし、フランクフルトと聞いてまず思い浮かぶのは銀行や証券取引所でしょう。フランクフルトは第二次世界大戦でその大部分が焦土と化した後に近代都市として歩むことを決めたため、ドイツ有数の古都でありながら、古い街並みはあまり残されていません。現在では国際金融・商業の中心地となっており、欧州中央銀行やドイツ連邦銀行など数多くの金融機関の本拠が置かれています。

高層ビルが建ち並ぶ、近代的でスタイリッシュな大都会というイメージが強いフランクフルトですが、実際には、市域の三分の一ほどが緑地という緑豊かな街です。市街地は公園や自然保護地域、森などの緑地に囲まれており、フランクフルトのグリーンベルトと呼ばれています。
こうした緑地は市民にとって大切な憩いの場となっており、公園やマイン川沿いでは散歩や読書、ピクニック、ジョギングなどを楽しむ人々の姿が多く見られます。

そんな公園の一つ、グリューネブルクパーク(Grüneburgpark)は、フランクフルト市の中心部、名門ゲーテ大学とパルメンガルテン(植物園)に隣接する、森と広大な芝生のある公園です。
もともとは14世紀に建てられたグリューネブルク(緑の城)の庭園でしたが、1789年、銀行家のペーター・ハインリヒ・フォン・ベトマン・メッツラーがこの土地を取得し、建物を拡張して公園を設計。18世紀から19世紀にかけて、ロスチャイルド家が有する英国式庭園として発展しました。

1930年代にナチス政権によりロスチャイルド家は公園の売却を強制され、公園は有料の公共庭園となりました。建物は第二次世界大戦中に被害を受け、戦後修復されることはありませんでした。1945年に公園はアメリカ軍に接収され、以降1992年までアメリカ軍が管理していました。この期間にたくさんの樹木が植えられたとのことです。

現在は29ヘクタールもの面積を有する公園としてさまざまなイベントや活動に利用されています。公園内にある最も古い木は、1822年に植えられたリンデン樹(菩提樹)です。かつてゲーテもこの木の下で思索に耽ったり、語り合ったりしていたのかもしれません。

街の中心部に位置するベトマンパーク(Bethmannpark)は、長い歴史を持つ庭園愛好家に人気の公園です。大きな木々に囲まれた芝生でくつろいだり、色とりどりの花壇を散策したりできます。

フランクフルト市は1941年にこの公園を購入し、1953年には花や植物を愛する人々のための市立の展示庭園に改築しました。この公園は1976年から歴史的建造物に指定されています。

公園の奥のほうには中国庭園がひっそりと佇んでいます。1989年に、中国の専門家たちが、曲線を描く塔のある東屋や睡蓮の浮かぶ池にかかる橋など、独創的な要素を取り入れて造ったものです。「天の平和庭園(Garten des Himmlischen Friedens」と名付けられたこの公園は、フランクフルトの緑地の中でも異国情緒あふれる場所として知られています。

フランクフルトの緑豊かな公園を歩いて、自然景観を楽しみたいけれど、長い距離を歩きたくない方は、1997年にドイツで生まれた高性能な自転車タクシー「ベロタクシー(VELOTAXI)」を利用してみるのもよいでしょう。
シティー・クルーザー(City Cruiser)と呼ばれる車両は、人と環境により優しく、自動車よりも自然を身近に感じられます。決められたごく短い距離であれば10ユーロで体験でき、30分、60分、120分と時間制料金でも利用可能です。

かつて、文豪ゲーテは、「フランクフルトのような都市では、見知らぬ人同士が絶えずすれ違い、世界のあらゆる場所を指さし合い、旅への欲求を呼び起こすという、実に珍しい状況に身を置くことになる」という言葉を残しました。
フランクフルトは世界中から旅行者が集まる都市であるだけでなく、伝統と現代性が出あい、文化、テイスト、そして革新が混ざり合う場所でもあります。フランクフルトを訪れたのであれば、ぜひそうした融合を肌で感じてみてはいかがでしょうか。
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