あの『怖い絵』もここにあり。英国の至宝、ナショナル・ギャラリーで見たい名画11選

ロンドンの中心部、トラファルガー・スクエア(Trafalgar Square)に鎮座する「ナショナル・ギャラリー(The National Gallery)」は、世界屈指の優れた絵画コレクションを誇り「英国の至宝」と称されるイギリスを代表する美術館です。

1824年、イギリス初の国立美術館として、わずか38点のコレクションからスタートした同ギャラリーは、現在では2300点以上の貴重な作品を所蔵し、それらは無料で公開されています。
イタリア・ルネサンス絵画から、宗教画、歴史上の人物の肖像画や日本でも広く知られる印象派の作品など、ここ一箇所で西洋美術の歴史を辿ることができると言われるほど。

ただ、美術ファンでもない限り、海外の美術館で我々日本人には馴染みのない歴史上の人物の肖像画や、背景やストーリーを知らない宗教画などをあてどもなく見て回り、『正直言ってただただ疲れた…』という経験をしたことがある人も多いのではないでしょうか?

そこで今回はナショナル・ギャラリーでの絵画巡りのご参考に、同ギャラリーがオフィシャル・サイトで公開しているハイライト作品、現地の私営美術ギャラリーがお勧めする作品、そして日本で公開され話題となった作品や日本人に馴染みのある画家たちの作品の中から厳選した11作品をご紹介します。

1. レディ・ジェーン・グレイの処刑(The Execution of Lady Jane Grey)

2017年7月~9月に兵庫県立美術館、10月~12月に上野の森美術館で開催された「怖い絵展」。同展覧会ではドイツ文学者の中野京子氏によるベスト・セラー美術書「怖い絵」を題材にし、『恐怖』をキーワードに集めた絵画を展示。視覚的な恐怖だけでなく、絵の時代背景や人物、動作などに隠された意味を紐解くことで、その絵が持つ『本当の恐怖の意味』を見る者に伝え、大盛況のうちに幕を降ろしました。

そしてその怖い絵展の目玉作品として日本初公開され大反響を呼んだのが、非業の死をとげた若きイングランド女王の最後の姿を描いた「レディ・ジェーン・グレイの処刑」です。ナショナル・ギャラリーから過去に貸し出されのは2度だけという重要な作品であるがために交渉は難航を極め、ようやく貸し出しにこぎつけたという本作は、半年に及ぶ日本での公開を終え、再びナショナル・ギャラリーの壁に掛けられました。

フランスの画家、ポール・ドラローシュの手によって目を見張るほど大きなカンバスに描かれているのは、政略結婚の末、前国王の崩御後、義父の陰謀により15歳の若さで女王の座にまつりあげられた「9日間の女王(9 Days Queen)」レディ・ジェーン・グレイ。

由緒正しい血筋に生を受け『イングランド一の才女』との呼び声もあった少女は、激しい権力闘争と宗教対立に翻弄され、1553年7月10日の女王即位からわずか9日後に反逆者として逮捕され、「ロンドン塔(Tower of London)」に幽閉されました。裁判の結果は、死刑。そして1554年2月12日、16歳となっていたジェーンは斬首刑に処されたのです。

実際は黒装束に身を包んでいたジェーンですが、ドラローシュはドレスを純白に描くことで彼女の潔白を表現したそう。そして処刑場も、絵に陰影をつけるために実際の屋外から室内に置き換えて描かれています。

目隠の下からのぞく美しい顔立ち、豊かな髪は首が見えやすいよう片側に寄せられ、透き通るような白い腕で不安げに断頭台をさぐるジェーン、その腕にそっと手を添え断頭台へ導く司祭、冷静にその時を待つ処刑人、取り乱し泣き崩れる侍女、それら全ての感情がこの画面から迫りくるように感じられます。やがて断頭台に頭を置いたジェーンの首めがけて鋭い斧が勢いよく振り下ろされ、床に敷かれた藁が血に染まる…そんな一寸先の更なる恐怖の場面も脳裏に浮かんでくるような、まさに『恐怖』の絵です。

2. 岩窟の聖母(The Virgin of the Rocks)

イタリアのルネサンス期を代表する天才芸術家、レオナルド・ダ・ヴィンチが、ミラノのサン・フランチェスコ・グランデ聖堂の祭壇画として描いた「岩窟の聖母」が2点存在するのは有名な話です。
2003年に発行された世界的大ヒット推理小説「ダ・ヴィンチ・コード」にも登場する2枚の岩窟の聖母は、のちに小説がトム・ハンクス主演で映画化されたことも手伝って、日本でも一躍その名が知られるようになりました。
初めに描かれたパリのルーヴル美術館が所蔵する「ルーヴル版 岩窟の聖母」において、報酬を巡り依頼主との間にトラブルがあったため、ダ・ヴィンチはこの1作目を個人に売却してしまいました。「ナショナル・ギャラリー版 岩窟の聖母」は、売却した「ルーヴル版 岩窟の聖母」の代替品として改めて描かれ、サン・フランチェスコ・グランデ聖堂に納品されたものとされています。
この2点の違いやその裏に隠されたミステリーとは?製作から500年を経た今もなお、人々は謎解きに想いを馳せています。

「岩窟の聖母」が展示されているダ・ヴィンチ専用ルームには、ダ・ヴィンチによる「聖アンナと聖母子と幼児聖ヨハネ(The Burlington House Cartoon)」も展示されています。

3. ひまわり(Sunflowers)

世界で最も有名な絵画のひとつと言っても過言ではないゴッホの「ひまわり」。こちらのひまわりは、ゴッホが1888年8月から9月に描いた4点のひまわりのうちの1点です。ゴッホが他の画家たちと共同生活をするためにフランスのアルルに借りた「黄色い家」の中のゴーギャンの部屋を飾るために描いたとされています。

そして世界で最も有名な絵画の名にふさわしく、ギャラリーの中で最も多くの人が足を止める絵画となっています。

4. アニエールの水浴(Bathers at Asnières)

パレットの上で絵の具を混ぜず、カンバス上に描く点によって色を混合しながら描く『点描画』を開発したフランスの印象派画家ジョルジュ・スーラによる大作です。
アニエールはパリの北西に位置するセーヌ川沿いに開発された工業地帯で、川の向こうに建つ工場を横目に、若い工員たちが川でくつろぐ様子が描かれています。
柔らかな日差しと優しい色使いに、どこまでも平和な休日の様子が見て取れます。

スーラが点描画を開発する前に描かれた本作には、ところどころに後から点描が書き足されており、例えば右の少年が被る赤い帽子に青とオレンジの点を見ることができます。

5. 海岸の風景(Coastal Scene)

ジョルジュ・スーラの開発した点描の技法を取り入れ、点描による肖像画の名手となったベルギーの画家テオ・ファン・レイセルベルヘによる作品。

夜明けなのか、夕暮れなのか、静かに水をたたえた穏やかな海が細密な点によって描き出され、見れば見るほどその風景に吸い込まれてしまいそうなる作品です。

6. 熱帯嵐のなかのトラ(Surprised!)

ジャングルや砂漠など異国の夢想的な情景やシュールな人物画などを多く描いたフランスの素朴派の画家アンリ・ルソーによる作品。
嵐が吹き荒れ雷鳴とどろくジャングルの中、今にも何かに飛びかかろうとしている虎が躍動感たっぷりに描かれています。

ルソーはジャングルの風景を描くにあたり『1860年代のメキシコでジャングルに関する知識を得た』と主張していましたが、これは作り話とされており、実際はパリの植物園を訪れた際にインスパイアされたのではないかと考えられています。

7. ホイッスルジャケット(Whistlejacket)

動物画を多く手掛けたイギリスの画家ジョージ・スタッブスの最も有名な作品が、この巨大な競争馬の絵画です。
スタッブスは優秀な競走馬であったホイッスルジャケットの馬主であり、スタッブスのパトロンでもあったロッキンガム侯爵のために、侯爵が愛してやまなかったホイッスルジャケットを実物大に描きました。

一色の背景に描くことで力強さが強調されたホイッスルジャケットの姿は、その大きさも相まってギャラリーの中でも特に大きなインパクトを与えています。

8. 空気ポンプの実験(An Experiment on a Bird in the Air Pump)

暗い部屋の中、ロウソクの灯りに浮かび上がる老若男女。手を上げ何かしようとしている初老の男性、話し込んでいるカップル、テーブルの上に真剣な眼差しを向ける男性、おびえた様子の子供たちとそれをなだめる男性らが描かれ、よく見るとガラスの中に一羽の鳥がいます。

ロウソクの灯に照らされた表現を得意としたイギリスの画家ジョセフ・ライトが描いたこの作品を見ていると、一見何をしているか理解できなくても、なぜか自分もこの暗い部屋に集う一員として、ここで行われている何かに注目しているような気分にさせられることでしょう。

これは17世紀に開発された空気ポンプの実験の様子です。実験に夢中な旅の科学者が、オウムの入れられたガラス容器から空気を抜き取っており、オウムは弱った様子でガラスにもたれています。
弱っていくオウムがかわいそうで見ていられない様子の子供たち、真剣な眼差しで科学実験に興味津々な様子の男性たち、ここに描かれていたのは、ロウソクの灯りに浮かび上がる実験を題材にした人間ドラマだったのです。

9. 女性大水浴図(Bathers,Les Grandes Baigneuses)

ポール・セザンヌによる柔らかな色彩と流れるような構図が美しい作品です。

自然の中で沐浴する女性たちの姿をたびたび描いたセザンヌ。一糸まとわぬ女性たちが自然の景色の中に集う平和で美しい光景に強くひかれ、自身の作品の題材としてカンバスに幾度となくとらえたのかもしれません。

10. 睡蓮の池(The Water-Lily Pond)

日本でも人気の印象派の巨匠クロード・モネによる睡蓮。40代でフランス北部のジヴェルニーに移住し、亡くなるまでこの地で暮らしたモネは、自宅の庭に池のある庭園を造り、その風景をライフワークとして多くの作品に残しました。
睡蓮の池を描いた大小様々な一連の作品は、世界各国の美術館に所蔵され、世界中の人々から愛され続けています。

今作は、睡蓮の池にかかった日本風の太鼓橋が大胆にカンバスを横切っています。

11. The Fighting “Temeraire”, tugged to her Last Berth to be Broken up
(解体されるために最後の停泊地に曳かれてゆく戦艦テメレール号)

最後に忘れてはならないのが、ロンドンの下町で床屋の息子として生まれ、イギリスを代表する画家となったウィリアム・ターナーです。
この作品に描かれているのはその名のとおり、1805年にトラファルガーの戦いでイギリスのネルソンが勝利した際に重要な役割を果たした戦艦テメレール号が、1838年にその役目を終え解体場にひかれていく様子です。
ターナーの代表作にして最も人気のある作品と言われています。

『ぼんやりとした風景画』を描く画家、との印象があるターナーですが、実物を見るとその『ぼんやり』が実にドラマチック。
黄色ともオレンジともピンクとも青とも紫とも言い表せない夕暮れの空を背景に、テムズ河の水面に反射する夕陽の中、乗組員がいなくなった大きな空の船が、この時代に活躍しだした小さな蒸気船にひかれています。
栄華と衰退、新しいものと古いものというコントラストが、燃えるような夕焼けと穏やかな水辺を背景に表され、その光景はきっと見る者の心に残るものとなるでしょう。

もちろん、ここでご紹介した作品以外にも、ミケランジェロ、ルーベンス、カラヴァッジョ、レンブラント、ドラクロワ、フェルメールなどの貴重な作品が惜しげもなく展示されていますので、時間の許す限り是非他の作品もお楽しみください。

注目作品を見終えた後は、アート系の商品から手頃なロンドン土産まで幅広い品揃えのショップをのぞくのをお忘れなく。

そして、ギャラリー正面玄関から広場をのぞむと、ネルソン提督像とそれを取り囲むライオン像、美しい噴水、旅を楽しむ旅行者や大道芸人がしのぎを削る賑やかな様子が見渡せ、記念撮影にもぴったりの場所です。

ロンドンを訪れた際は、ナショナル・ギャラリーの秀逸なコレクションをくれぐれもお見逃しなく。

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名前 ナショナル・ギャラリー(The National Gallery)
住所 Trafalgar Square, London WC2N 5DN
開館時間 毎日午前10時~午後6時、金曜のみ午前10時~午後9時
※1月1日および12月24日~26日は終日閉館
入場無料
公式HP https://www.nationalgallery.org.uk/visiting/visiting-japanese