オーストリア・ウィーンのリング通り/ギリシャ様式からゴシック様式の豪華絢爛な建築を巡ろう!

オーストリアの首都ウィーン中心部にある歴史地区をぐるりと囲む「リング通り」は、かつて強靭な市壁があった場所。

二度によるオスマン帝国の襲来から街を守った市壁は、近代化と共に取り壊され現在の大通りが建設されました。

旧市街と新市街の交わるリング通りは5.3キロメートル続き、ウィーンを象徴する建築や施設が集まっています。それではリング通りにある個性的な建築様式の建物を巡ってみましょう。
かつてハプスブルク家の帝都であったウィーンは「音楽の都」や「芸術の都」と呼ばれる美しい街。市内の中心部に位置するリング通り(Ringstraße)は、オーストリア・ハンガリー帝国の皇帝フランツ・ヨーゼフの命により19世紀半ばに建設が始まりました。

リング通りの周辺には裕福な貴族がこぞって宮殿を立て、ウィーンの社交界の中心の場となりました。美術館やオペラ座などの芸術施設、国会議事堂や市庁舎、ハプスブルク家が暮らしたホーフブルグ王宮などが通りに面しています。このエリアにある建物の多くは「リング大通り様式」と呼ばれており、様々な歴史上の建築様式を忠実に再現しています。ギリシャ様式、ネオゴシック様式、ネオバロック様式、ネオルネサンス様式など、通りを散策していると一度に沢山の建築様式の建物と出会えるのが魅力の一つです。リング通りでひと際存在感を放っているのは、建築家テオフィル・フォン・ハンセンによって19世紀後半に建てられた「国会議事堂(Parlament)」です。ギリシャ神殿様式の建物の柱や彫刻、モニュメントなど芸術的な要素で溢れています。

建物正面には「パラス・アテナ噴水」と呼ばれる泉があり、周りにはオーストリア・ハンガリー帝国に伝わる伝説上の人物の彫刻が飾られています。オーストリアの国会議事堂なのに、「何故アテネなのか?」という素朴な疑問が生まれると思います。その理由は、民主主義の発祥地アテネに因んでいるいう粋な理由。

白を基調とした建物と金の装飾のコントラストが豪華で、思わずため息が出る美しさです。国会議事堂近くの「ウィーン市庁舎(Rathaus)」は、19世紀後半に建築家フリードリヒ・シュミットによって建てられたネオゴシック様式の建物です。ゴシック様式の特徴である塔や繊細な装飾が魅力な市庁舎は、現在も現役。
2000枚以上の窓ガラスを持ち、光を取り込むように設計されています。建物に近寄って、繊細な彫刻やレリーフを見て見ましょう。実はこの市庁舎は、フランツヨーゼフ皇帝の暗殺が未遂に終わった事を神に感謝し建てられた「ヴォティーフ教会(Votivkirche)」よりも、高くしない事を命じられていました。

そして市庁舎はヴォティーフ教会よりも低い97メートルに設計されたものの、尖塔の上に「ラートハウスマン像」が設置された事により、実際はヴォティーフ教会より高くなってしまったのです。実際には市庁舎より低いことになるヴォティーフ教会ですが、空へ伸びる二つの尖塔が迫力満点です。多数のステンドグラスが使用されたネオゴシック様式の塔は、市内の至るところから見えるランドマーク的存在。最後にご紹介するのは、二つの対になる建物の「美術史博物館(Kunsthistorisches Museum Wien)」と「自然史博物館(Naturhistorisches Museum Wien)」です。

19世紀後半に建てられたネオルネッサンス様式の建物は、宮殿のような豪華な外観で、ハプスブルク家が収集した膨大なコレクションが保管されています。リング通り建設時に建てられたウィーンを代表する建築の数々は、かつての栄光を現在に伝えています。

あなたもウィーンを訪れた際には、リング通りを散策して見ませんか?

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