オランダ・アムステルダムに今も残る「アンネの家」へ / 夭逝した13歳のジャーナリスト、アンネ・フランクに会いに行く

世界各地に刻まれた人類の歴史。

美しいものもあれば、目を背けたくなるような歴史もあり、そのすべてがこれまで先人達が作ってきた世界であり、現在の世界でもあります。

そんな世界の様々な場所の中でも人間の業の深さをまざまざと訴えかける場所がいくつかあります。

例えば、アウシュビッツ強制収容所旧日立航空機立川工場変電所などは、世界中を巻き込んだ戦争の歴史として今なお、私たちに戦争がもたらすものがなんたるか、ということを伝えてくれています。

今回はそんな世界各地に刻まれた人類の歴史の1つをご紹介いたします。

それがオランダ・アムステルダムの「アンネの家」です。

第二次世界大戦当時、ドイツのフランクフルトに生まれたユダヤ系ドイツ人の少女「アンネ・フランク」の一家は、ナチス・ドイツの迫害から逃れるために亡命しました。

そんなアンネ・フランク一家が亡命先として選んだ場所、それがオランダ・アムステルダム。

一家は1942年7月6日にナチスの迫害を受け、1944年8月4日までの2年間を、アムステルダムに潜伏して過ごしました。

その場所がアムステルダムの時計塔の隣にある隠れ家「アンネの家」です。

現在この場所は一般公開され、年間約100万人が訪れる世界的な博物館となっています。

改装された外観には当時の面影が残っていませんが、内部は当時のまま。

隠れ家だった各部屋の造りやアンネが過ごしたとされる屋根裏の部屋も、当時のままの状態で保存されています。

世界各国から訪れる人々の為に用意されている様々な言語のミュージアムガイドの中には日本語版もあります。

隠れ家生活を余儀なくされた当初13歳だったアンネはその日々を日記に書く事を決断し、その後2年間机に向かい、その日々を書き続けました。

そしていつの日か戦争が終わって外に出られる日が来たら、ジャーナリストとして日記を出版し世界で活躍したいと夢に見ていました。

隠し扉(回転する本棚)や当時の生活そのものを感じられる展示物と「アンネの日記」から抜粋されたエピソードや実物の手記とを照らし合わせて、博物館の中を閲覧する事ができます。

一歩一歩あるくたびに木の建物はあえぐように軋(きし)み、その音はアンネが生活していたその時代へと私たちを誘(いざな)ってくれる、不思議とそんな雰囲気も伝わってきます。

隠れ家で共同生活を送っていた8人のメンバーの内ただ一人だけ生き残ったアンネの父オットー・フランクが後世に戦争の残虐さを伝えるために出版を決意した「アンネの日記」は今や60ヶ国以上の言語に翻訳されて、世界的ベストセラーとして子供から大人まで多くの人々に読み継がれています。

ミュージアムの最後には、アンネに一言気持ちを書き残せる「手帳」が用意されていました。

アンネが実際に暮らした家で、その才気ある素晴らしい名言の数々に、今一度耳を傾けてみてはいかがでしょうか。

きっと他の場所では感じる事ができない、この場所だけの何かを感じる事ができるに違いありません。

Post: GoTrip! http://gotrip.jp/ 旅に行きたくなるメディア

名前 アンネの家(Anne Frank Huis)
住所 Prinsengracht 263, Amsterdam, Netherlands
電話 +31 (0) 20 5567105
営業時間 月〜金・日:9時~19時 土:9時〜21時 (休館日:10月9日)※季節によって変動するのでホームページでご確認下さい
観覧料 9€
ホームページ http://www.annefrank.org/japanese/(日本語)